「少子高齢化」

日本は以前からこの問題を抱えています。

少子高齢化については様々な意見が出ていますが、シンプルに考えると

「国力が減衰する」

ということです。

大昔、江戸時代やその前の戦国時代は、国力を表す数字として

「石高(お米の取れる量)」

を用いていました。

お米の取れる量が多ければ、換金して得られるお金も多くなるので、戦国時代は領地を広げるために大名が戦を繰り返していました。

お米の取れる量が多いということは、そこに住む農民や武士の数も多いということになります。

必然的に、戦に動員できる兵力が増えることになります。

ですから、石高が増えるということは「物と人」両面で国力が増強されることを意味します。

現代は、世界中から物を集めることができます。

一方で、戦国時代のように戦争で領地を広げ、人を増やすということはできません。

自国内で人が増えるように、少なくとも減らないように対策を取らなければ、国力が減衰するのは当然のことなのです。

社会的な要因は表面的なこと

価値観が多様化して結婚にこだわらなくなった

男女の役割が固定化せずに変化してきた

女性の社会進出で家庭生活が中心でなくなった

待機児童問題など育児をする環境が悪化している

こうした社会的な要因を挙げる人は数多くいます。

もちろん、社会的な要因も少子高齢化が進んでしまった原因の1つであることは疑いようのないことです。

しかし、本当に社会的な要因が「真の原因」なのでしょうか。

例えば、「結婚しないこと」と「子供を持たないこと」が、多様な価値観の1つとしても、2つが必ずしも結びつくわけではありません。

婚姻届を出さない「事実婚」を選ぶ人もいます。

事実婚でも子供を持つことはできます。

ただ、事実婚で生まれた子どもは、男性の姓ではなく、産んだ女性の姓を名乗り、産んだ女性の戸籍に入ることになります。

また、婚姻届を出した夫婦と同じ公的な援助が受けられません。

その事実を受け入れた上で、事実婚を選び、子供を産んでいるはずです。

これを「不平等」だという人がいます。

しかし、「義務」を放棄しておいて「権利」だけを享受しようとするのは、あまりにも個人主義的な考えと言わざるを得ません。

婚姻届を出すということは、法律的な「義務」を負うことになります。

具体的には、自分の家族だけではなく、配偶者の家族に対しても扶養や監護(看護ではありません)をする義務が生じます。

その義務があるからこそ、公的な援助も受けられるのです。

価値観が多様化したというのは、実は

「個人が社会的な責任を全うしようとしなくなった」

という一面もあるということを、私たちは肝に命じておく必要があります。

ただ、個人的な考え方で責任を全うしようとしない、というのも一面的なものの見方です。

「責任を全うしたくてもできない」

という側面が強いことも理解しておくことが重要です。

少子高齢化の原因はただ1つ

では、なぜ責任を全うできない状況になってしまったのでしょうか。

少子高齢化の社会的な要因は先ほども挙げましたが、根本的な原因はただ1つです。

それは

「お金がない」

ということです。

「そんな簡単な話じゃないだろ!」

と、あなたはおっしゃるかもしれません。

では、あなたは「お金がなくて諦めたことはない」と言えますか?

例えば、今日は自分へのご褒美にステーキを食べたいと思ったとしても

「給料日までまだ日があるから、やめておこう」

と、自分が好きなものを食べることを諦めたことがあるはずです。

こんな身近なことでさえ諦めてしまうことがあります。

このグラフを見てください。

日本人の平均年収は、この10年間で約40万円も少なくなっています。

月に約3万3000円も収入が減ってしまったら、生活が厳しくなるのは当たり前です。

また、このグラフには「中央値」も記載されています。

対象となった人の年収を合計して、人数で割ったものが「平均値」としての「平均年収」であるのに対して、「中央値」とは、対象になった人を年収順に並べて、そのちょうど中間にあたる人の年収を指しています。

「中間値」の年収は、この10年間で約50万円も下がっています。

さらに、中央値で見た場合、平均年収よりも約70万円下回っています。

つまり、平均年収では知ることのできない本当の「平均」は、中央値の約360万円ということになります。

収入が下がり続けているのに、配偶者が働いたとしても、子供を育てる余裕など作れないことは誰の目にも明らかです。

社会的な貧困も問題ですが、それ以前に

「日本人全体が貧しくなっている」

という現実を直視しましょう。

誰も生活を保障してくれない

以前問題になった金融庁の

「2000万円不足文書」

でも明らかな通り、国の社会保障制度では老後の資金を確保することができません。

また、2019年に多くの災害をもたらした台風15号・19号に対する、国や自治体の対応の遅さを見ると

「国や自治体は生活を保障し守ってはくれない」

という事実が白日の下に晒されたと言えるでしょう。

国や自治体の性質は、今も昔も変わっていません。

「税金は搾り取り、保障は最後に後回し」

それを象徴する動画がこれです。

この動画は国民年金に関するものですが、国民年金は国民の老後の生活を保障するものではなく

「霞が関の一部の役人が自由に使うための資金」

であることがわかります。

もちろん、国や自治体の表向きの仕事は

「税金の適正な配分と利用、国民生活の安定を図ること」

にあります。

しかし、それはあくまでも表向きでしかないことは、災害時の対応を見ればわかります。

これからの時代は、自分の身は自分で守る時代です。

特に経済的な面では、国民年金は雀の涙ほどにしかならないことは明らかです。

また、最近推奨されているNISAやiDeCoなどは、最終的に税金を搾り取るための装置でしかないということも分かっています。

「将来のために経済的な余裕を作る」

そのためには、自分で稼ぐ力を身につけて、会社員であったとしても給与以外に収入を得る道を作っておく必要があります。

副業解禁は、唯一と言っていいほど私たちが自由を得るための道であると言えます。

まとめ

副業といっても、実際に何を始めればいいのか、あなたは迷うことでしょう。

お小遣い程度の稼ぎでは「副業」とは呼べません。

将来的には「本業」を超える収入を得られる可能性があるものでなければ、「副業」として始める意味はありません。

そう思うと、始めるべきものは必然的に絞られてきます。

一つ言えるのは

多額の資金を必要とする金融商品への投資

出口戦略も見つからない投資用不動産の購入

90%以上が廃業してしまう起業

ではないということです。

個人がリスクを抑えて始めることができるビジネスはあります。

ただし、既成概念や世の中にあるイメージが「真実ではない」と気付ければの話です。

それに気づくことができれば、道は開かれます。